政治的なこと
新年あけましておめでとうございます。
本年もどうぞ宜しくお願い致します。
昨年度は更新もしないのに皆さまホームページに訪問
してくださり本当にありがとうございます。
ホームページのリニューアル、ブログの更新を目標に
昨年度プロにお願いして頑張ってみましたが、思ったとうりに
進みませんでした。
出来ればYouTube配信も始めたいとSNS講座の開催も
しましたが、結果をだせないまま終わってしまいました。
仕事を抱えながらのこれらの政治的なことに取り組みことの
難しさに直面しました。
そこで転職して明日から心機一転頑張ろうと思ってます。
就職先はなんと農業、自然農業に取り組みます。
その話はいずれ出来るときが来れば書きますね。看護師からの
転職です。あ、今まで訪問看護してました。
写真は1月5日に事務所で『れいわ新選組高井幹事長の当選を祝う会』を
開催した時のもの動画をここに貼り付けられれば餅つきもやったので
あげたかったんですが、そこまで技量がなくトホホ。
事務所でお餅つきをするのが30年来の夢でした。やっと61歳に
して叶いました。これも準備してくれた友人のおかげであり、集まって
くれた同志の皆さまのおかげ。そして政治談議に花を咲かせました。
これから政治家になろうとしてる人と市議会議員をしている友人も
駆けつけ、更にれいわ新選組で伝説の前説、都議選挙にも挑戦した
めっちゃ仲良しの末武あすなろさん(なろちゃん)も来てくれ、
議員になったら何するかなど様々なことを話す良い機会になりました。
何より楽しいイベントに手打ちそば、私の作ったおでんと豚汁
(*’ω’*からなろちゃんと山田さん(*’ω’*))を食べながらは最高!
なろちゃんとは私がれいわ新選組の地方議員に公募した時に、
党の事情に詳しい人を知りたいとれいわ新選組のボランティア仲間の
友人に紹介してもらい会わせて貰いました。その時から意気投合。
公募で選ばれ3期目の市議選挙ではウグイス嬢をしてくれました。
なろちゃんは世界一のウグイス嬢だと思う。
落選してからもう3年がたとうとしてます。その後も政治活動は
続けています。もう選挙には出ないのかと聞かれることがあります。
今の私の答えは『出ません』
2期8年短いようで長い経験でした。地方政治の闇に飲まれ
もみくちゃにされ信じた人に裏切られる辛いことが多かった。
そのことを身近な人たちに語っても信じてもらえない絶望は深い。
そこで同じような目に遭った地方議員を探して会って語り合い、
そこでうやっと傷を治す事が出来ました。
その同志で作ったのが『議会に正義を求める会』
市民の利益を考えて行動したのに、議会からバッシングを受けて、
世間に酷い議員だと烙印を押されるような公表をされ名誉を
棄損された同志です。
私は7年前、NPOの不正を追及したのに『政治倫理審査会』に
選挙を翌月に控えた時期に開催され、下野新聞に『パワハラ議員』と
書かれました。ネットググっても記事は出てきません。
政治倫理審査会の事自体も議会ホームページからも検索しても
出てきません。そのため自分で記憶を頼りに書き起こした文章を
読んだ友人は『死人の出ない韓流ドラマ』と。
会で令和4年8月4
懲罰、辞職勧告、言論封殺「理不尽な地方議会を『司法の力で正常化』」
イベント開催
がそれだけでは地方議会を変えることは出来ませんでした。
こんな腐敗した地方議会を放置していいわけがありません。
そのつけは市民に返ってくることだと思ってます。
では落選した元市議会議員になにが出来るのか、模索の旅が
始まりました。その中で衝撃的なことが起こりました、
それは『石丸劇場』。そう安芸高田市議会
まさに地方政治の闇があからさまになり世間の注目を浴びました。
しかし、地方議会の闇はどこでも拡がっていて、自分たちの
暮らしに直結することを市民が気づくまでに至りませんでした。
石丸さんもそのことを訴えているのに、センセーショナルな扱われ方を
して石丸さん個人の資質に話題が移行してしまった。
私が出来なかった地方議会の闇を暴く『石丸劇場』、諦めきれず、
石丸さんの都知事選挙の応援にも行き、落選後ボランティアの方々で
結成された『政治をもっと身近に勉強会』にも参加。
勉強会で熊高安芸高田市議が呼ばれた時には東京まで行き
質問までしました。YouTube配信してます。
落選したのでれいわ新選組の党員資格はなくなったけれど、
応援は断続的にしてきました。がどこでも問題は起きるもので
更なる嫌になる出来事が続きました。さすがに心身ともに
疲弊し一時政治活動を休み、キャンプに車中泊に、最近は
海釣りにはまり個人の楽しみが出来、
そしたら自民政権が過半数割れ。。。
世の中は動く。変わる?
何をすべきか、今一度考えたいと思っていたところに敬愛する
『市川房枝』さんの映画上映
八十七歳の青春・市川房枝生涯を語る
その映画が市川記念館の方々とジェンカレの方々で「ジェンダーと政治」
についてのイベントで上映されると知って12月21日久しぶりに
婦選会館に行きました。市川さんの苦難な人生を本で読み
知っていましたが、ご本人が映像を観ながら自分のことを
語っている姿は格別なものでした。
主催の『ジェンカレ』とは
私たちは、ジェンダー平等の実現に向けて同じ思いを持ち各地で
行動している仲間が集い、ジェンダーに関する知識を体系的に学びあい・
支えあう場が必要だと考えました。
そこで開校したのが、ジェンダー平等な未来を拓く次世代のサードプレイス
『ジェンカレ』です。
ジェンダー平等を追い求めた市川房枝さん、そんな偉大な人はなかなかな
現れないと思っていた。それが『ジェンカレ』代表理事櫻井 彩乃さんは
1995年生まれ。高校2年生の時に「女は黙ってろ」と同級生に言われたこと
がきっかけで、ジェンダー平等実現を目指し活動を始めた素敵な人だった。
毎年3月にニューヨークの国連本部で開催されるジェンダー平等と女性の
地位向上を目的とした国際会議に参加すると。会期中には、日本政府代表部
との意見交換会も行われ、ジェンダー平等と女性のエンパワーメントを推進
する重要な場。市川さんも28歳で渡米しています。
櫻井さんと市川房枝さんが重なります。こんな若い人も頑張っていると
勇気をもらいました。何より市川房枝さんは60歳で国会議員になった人。
私の歳で国会議員になるって無理ゲー。
87歳国会議員のまま生涯を閉じた。映画を観て長生きしたいと思いました。
あと26年何事かが出来る十分な時間。
再びスイッチが入りました。で『政治をもっと身近に勉強会』で
南澤安芸高田市議を呼ぶと1月3日新宿で。12月30日まで勤務し、
その後娘一家が帰省し2日に帰った。5日がお餅つき、7日から就職した
自然農業の仕事開始。
うん、2日夜中に車で出発し、若洲海浜公園で車中泊し翌朝海釣り。
3日16時新宿で勉強会と懇親会。懇親会後若洲に戻り車中泊。
で翌朝海釣り。で夕方日光市に帰り
5日お餅つき。で6日ブログ更新・・・
明日よるは『議会に正義を求める会』のミーティング
いやはや61歳どこまで出来るか、生きてる限り頑張りますか。
権利の上に眠らせないように・・・
*一番上の写真は旧庁舎の日光市議会。1期目の当選したばかりの
私がいます。