職務経歴書
落選後1年、ホームページを更新する気持ちになれませんでした。まだまだ整理がついてないことがたくさんあります。1年間政治活動を辞めたわけではありません。様々なことをやりました。その報告は後程、っていつかな?お待ちください。
このたびリーゾートバイトを経て(ここでの気づきも大きかった、これも後程)看護師に戻ろうととある所に応募。その際職務経歴書を持参と言われてまとめました。我ながら凄いあゆみ。これは公開しようと思いました。激動の人生だわ~やれやれ
阿部 和子 職務経歴書
本籍地:栃木県日光市土沢
昭和38年生まれ 59歳
昭和56年 小山城南高等学校衛生看護科卒業
昭和58年 済生会付属高等看護専門学校卒業
平成3年 結婚のため今市市に転居
昭和59年4月~昭和61年3月
法人名 恩賜財団済生会宇都宮病院
事業内容 総合病院
業務内容 外科病棟勤務
がん患者の方が多く、再発の方も外科病棟に再入院されそこで亡くなる方も多い所だったため、その方々への支援 のためにホスピスのことを勉強しその知識を役立てた。
昭和61年4月~昭和63年3月
法人名 自治医科大学付属病院
事業内容 医師・看護師・助産師育成、総合病院、研究
業務内容 消化器外科病棟
看護師としてキャリアアップを図るため転職。勤務期間中にがん患者の方の疼痛緩和について研究。更にホスピスに関しても知識をふやすため、各研究会に所属し東京への研修へも参加。
平成1年4月~2年3月
学校名 厚生省看護研修研究センター
研修内容 看護師・助産師・保健師の教員養成、幹部看護師養成
患者主体の看護が出来る看護師の必要性を感じ、看護学校の教員になるため入学。そこで学んだのは生命への尊重、社会的存在としての人間理解、グループワークでの共同作業・個人作業での徹底した研究スタイル。倫理学・哲学・論理的思考による文章表現など多様な学問にも触れ、睡眠時間は数時間という過酷な状況で極限まで勉強したことは生涯の財産となっている。
平成6年~13年
法人名 宅老所ひばり、ウエーブ、
事業内容 高齢者福祉
看護師として勤務中から医療機関でのボランティアの必要性を感じ、退職後はボランティアを学ぼうと栃木県福祉協議会主催の福祉 のわかるライター養成講座に参加。その講座で宅老所ひばりの代表者と出逢い高齢者ディサービスの設立に参画。認知症の方の窮状を知る。更に地域における福祉政策の貧困を知り、必要なサービスは自分たちの手で作ることを仲間と始め、地域の人達と協力しNPOウエーブを設立し参画。その際行政とも協働でサービスの普及に尽力。
ウエーブで介護保険事業開始時、介護支援専門員として勤務。
平成14年~16年
法人名 NPOおおきな木、
事業内容 市民活動支援
市民活動の基盤整備の必要性を感じボランティアセンターを市に要望。市が市民活動支援センター設立。NPOおおきな木設立しセンター受託しセンター長として運営。センターで市と協働で子ども支援関係団体設立(NPOだいじょうぶ、ファミリーサポートセンター、子育て支援センター)精神障害者親の会やしお会の方の相談からNPOふれあいの森立ち上げ支援。その経歴がかわれ日光地区合併協議会にも市民代表委員として参加。
平成18年~24年
法人名 NPOハートネット
事業内容 働きたいけど働けない若者就労支援
センター勤務時に引きこもりの若者の相談を受け、その深刻さにセンター退職し引きこもりニートの若者の相談と就労支援を目的にNPOハートネットを設立、代表を務める。ハートネットでは県に若者ジョブチャレンジ事業提案し受託。しかし事業化は困難を極め受託も翌年度他事業者へ。自費運営となりボランティアで活動。そのためDV被害者支援団体、高齢者グループホーム、レオパレスの介護保険事業者等でアルバイトをしながら活動。市内での展開に限界を感じ、県域での自立支援研究会発足。就労支援の新たな展開を関係団体と協議し懇意の精神科医が復職支援リワーク設立。研究会でリワークを支援。
平成24年12月1日~26年1月1日
法人名 栃木ソーシャルサービス会社
事業内容 精神科通院の方の訪問看護、就労支援B型
引きこもりする中で精神的に病む方が多く、しかし病んでも病院すら行けない。そのような方々をボランティアで支える限界であった。そのような時に精神科に通院する方の訪問看護を知り入社。様々な精神病で社会参加がかなわない多くの方々を知った。子どもを虐待するケースや不登校になる若者へは行政や学校と連携をとった。訪問看護だけでは支えきれないケースが多く、ここまで酷くなる前に様々な支援が必要ではないかと痛感。やりがいはあったが社長のパワハラで仲間が次々解雇。私もパワハラにあい適応障害と診断を受け退職。
平成26年4月~令和4年4月
法人名 日光市役所
事業内容 市議会議員
宅老所ひばりを共に立ち上げた人が市議会議になり応援していた。その人が市長に立候補したため市議を辞職。その後継として困難な状況に置かれた方々に役立つサービスを創出するために立候補。市議となり以下のサービスを実現した(福祉分野以外は除く)
〇引きこもり相談支援センター
〇親なきあとの拠点施設
〇アドバンスケアプランニング わたしのノート・人生会議ノート
〇ケアマネジメント支援会議
資格 看護師、看護教員資格、介護支援専門員、キャリアカウンセラー、産業カウンセラー講座受講
家 族 夫 子ども2人は独立